「都市」と「近くの農業・農村」を結ぶ柏たなか農園のブログ
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投稿日:2021年3月21日 9:59 pm
柏たなか農園にとっての3月21日は特別の日です。10年前のこの日、東京電力福島原子力発電所が吐き出す放射性物質を大量に含む雨雲が首都圏へと南下、東京の手前の千葉県北西部・東葛地方に大量の放射能の雨を降らせ、この地に住む者、事業を営む者の多くが環境汚染とそれに伴う風評被害に苦しむことになったからです。原子力発電所がある限り同じような事故は日本のどこでも起こりうるわけで、直接体験した者として伝え続けなければならないと思います。
あの日から半年?1年くらい?でしょうか、東葛地方の中心都市である柏市は放射線量の多い「ホットスポット」としてテレビなどで繰り返し報道されました。その結果、柏市内の地価が下がり、農産物が出荷できなくなるなど大変なことになりました。
柏たなか農園も一般市民向けの野菜作り教室「土の学校」がピンチに陥りました。会員が農園で作った野菜を家に持って帰っても食べてもらえない、孫に食べさせようとするとその子の母親から拒否されるといったことも起きていました。翌年、新会員を募集するもほとんど集まりません。前年の2010年に生産を始めたばかりのもち麦は放射線量が規制値ぎりぎりのため全量廃棄しなければなりませんでした。
柏市内の放射線の測定値は徐々に下がって行ったのですが、問題は「風評」でした。柏の米や野菜は放射線量を測り規制値を下回るものだけを出荷していたにも関わらず食品スーパーなどでも敬遠されるようになりました。住民の中には他所の街へと逃げ出す人が相次ぎました。住める土地に住めず、食べられる作物も食べられず、このままでは地域社会が崩壊してしまいます。
事態の打開に向けて市民が動き出しました。柏市内の農産物生産者と消費者、それと有識者が集まり「安全・安心の柏産柏消」円卓会議というのを立ち上げました。ここでどうしたら柏の農産物を安心して食べられるようになるかを議論しました。その中で一つの試案をまとめました。それが「食品1kgあたり20ベクレル」という基準です。基準内であれば安心して食べられますよという柏地方の基準です。この基準を柏市内の食品スーパーや食品店、飲食店などが受け入れました。これが契機となって柏市内から首都圏へ、全国へと柏の農産物が受け入れられるようになりました。
あれからちょうど10年、あの時全量廃棄した柏たなか農園のもち麦はその後の健康食ブームもあり自社の畑だけでは生産が追いつかず近くの農家に委託生産をお願いして生産量を確保するまでになりました。土の学校も鉄道(つくばエクスプレス)沿線に移り住む“新住民”を中心に子育て世代が集まってきて、原発事故当時には想像できないくらいにぎわっています。
いまでは柏や近郊の人々も柏が10年前にホットスポットといわれて大変なことになっていたことなど記憶のかなたに消え去ったかのようです。しかし、原発暴走事故によるすさまじい環境汚染とそれに伴う風評被害のことは忘れるわけには行きません。さらにこれらを克服するための市民の行動が危機に陥った地域社会を救ったということを忘れてはなりません。
投稿日:2020年12月25日 11:26 pm
毎年今ごろになると土の学校の実習畑はさびしくなるのですが、今年は少しでも賑わいを残しておきたいと頑張りました。これから正月に向けて鍋ものなどに使えるハクサイ、長ネギなどが残っていますが、さらにホウレンソウ(チヂミホウレンソウ)、コマツナも種まきを遅らせて何とかここまで引っ張ってきました。
土の学校の秋は畝いっぱいに種まき、植付けをして収穫の秋を迎えることができました。カブ、ホウレンソウ、シュンギク、ミズナ、キャベツ、レタス、ロメインレタスなどの定番野菜に加えてサトイモ、ラッカセイなども栽培しました。実習畑の他に広い麦畑の刈り取り跡を使ってサツマイモも栽培しました。これらの作物はほぼ11月までに終わりました。
あとに残るのはハクサイと長ネギ、ニンジン。それに寒さ対策として畑の土に埋めたダイコンなど、だんだんさびしくなります。
これまではこの程度でしたが、正月を前に畑がさびしくみえるのが気がかりでした。土の学校は基本、露地栽培なので冬に向かって加温するなどは大変です。それでも冬に収穫できる野菜の種類をもう少し増やせないだろうか考えて来ました。その結果、今年試みたのは葉もので寒さに強い野菜を少し時期を遅らせて種まきすることでした。その一つがチヂミホウレンソウで種まきは10月後半でした。さらにコマツナをタネからではなく苗を育てておいて畑に植付けるという試みを11月中旬にやりました。
チヂミホウレンソウ、コマツナとも頑張れ頑張れと応援のかけ声だけでしたが、12月の後半には収穫できる大きさに育ちました。肥料を与えるタイミングなどもう少し工夫すべき点はありますが、とにかく真冬に収穫できる葉もの野菜の種類を増やすということでは第一歩を踏み出しました。
これから正月に向けて鍋物などで身体の芯から温まりたい時期です。冬の野菜の種類を増やしてこの時期の料理にもっと彩りをくわえたいと考えています。
投稿日:2020年11月21日 11:53 pm
もち麦の種播き、やっと終わりました。
種播きは10月から時間をかけて準備します。畑の雑草を刈払い、除草剤を使って取り除き、その後利根川対岸の守谷市の牧場から運んできた堆肥を10アールあたり2~3トン撒いて地力をつけます。撒く堆肥の量が多いのでこの作業が一番多くの時間と体力を使います。
今年は春から畑の水はけ対策を進めてきました。昨年まで畑の一部の水はけが悪くなり、ぬかった畑では2月の追肥ができないということも起きていました。そこでサブソイラーという器具をトラクターの後ろに付けて畑を縦横に走らせ、畑の地下に水の抜け道を作ってきました。この作業は一度やればその後はほったらかしというわけには行かず、畑が一段落するたびに3ヶ月か4ヶ月に1回くらい作業を行います。今回の種まきにあたっても堆肥を撒いた後、畑全体にサブソイラーを付けたトラクターを走らせて地下の水の抜け道作りをしました。
タネの準備で大事なのは、このブログで何度も書いた黒穂病の防除のための消毒です。農薬は粉状でもち麦の種と粉剤をコンクリートミキサーを小型にしたような装置で混ぜ合わせます。粉剤は軽いので風が吹くと一気に舞い上がり飛び散ります。結構きつい薬剤で目に入ると痛みを感じるほどです。このため、目はゴーグルで、口鼻は強力なマスクで覆って作業者を守らなければなりません。作業者の姿は異様な感じがしますがやむなしです。
畑の準備とタネの消毒をすませてやっと種まきです。トラクターの後ろに取り付けた種まき用の装置に消毒済みのタネと肥料をセットしてトラクターにひかせます。種まき装置からはトラクターが進んだ分だけタネと肥料が畑に落とされるようになっています。タネは播く麦の種類などによって、肥料も種類によって大きさ、形状が違うので予め落とす量を調整しておかなければなりません。実際にどのくらい落ちるかはトラクターを走らせなければ分らないので、走りながら調整することになります。
種まきが終わると1週間くらいで発芽します。そのまま放っておくと麦畑に雑草が芽を出し大繁殖してしまうので除草剤を散布します。
発芽したもち麦はこの後、地上部はあまり成長せず、ひたすら地下に根を広げていきます。寒い季節で日照時間も少なく、植物の生長の仕方としては合理的なように思います。麦類とコメを比べてみると、コメは夏の暑くて降雨量の多い時期の作物です。これに対して麦類は寒くて乾燥している時期の作物です。同じイネ科でもまるで正反対のような生育条件の中で育ちます。ある意味、気温の低い時期に栽培すると麦類は病害虫の大発生もあまりないわけで、栽培管理がしやすいともいえます。
タネの消毒のところで触れましたが、農薬の人体への影響というと農産物を食べる消費者への影響が話題になることがありますが、実は農作業の中で農薬に直接触れる機会の多い農家の方がはるかに大きな影響を受けています。農家を農薬の薬害から守るための対策にもっと目を向けてもらっても良いのではないかとも思うのですが、現実には消費者への影響ばかり目が向けられる世の中の現実に違和感を覚えています。
投稿日:2020年10月31日 11:49 pm
農園の秋の一番のイベントといえばイモ掘りです。10月は3回開催しましたが2回目に予定していた17日が雨天で翌18日に変更となり、都合悪かった人が流れ込んだこともあり31日は110人を超える、農園としてはかつてないものすごい参加者数になりました。
イモ畑いっぱいに広がる芋の枝葉を取り除くことから始めます。芋のつるを残していたのでは仕事にならないのでまず枝葉をまとめて畑の外に出します。それからやっとイモ掘りが始まります。この日の参加者はほとんど子連れです。親たちはできるだけ子どもにイモ掘りの作業をさせたいのですが、子どもにやらせても作業ははかどりません。イモ畑を区切って参加者ごとに区画を割り振るのですが、参加者も早いチームと遅いチームができてしまいます。農園長の私が声を張り上げて作業の指示をするのですが、「イモ掘りは競争ではありません」と最初に断っているのでせかせたくありません。結果、のどかな時間が過ぎていきます。
掘り出した芋を軽トラで運んで畑の広場のビニールシートに広げます。その後は掘り出した芋をみんなで山分けします。この日はたくさん掘り出せたのでその分、たくさんのイモをお持ち帰りいただくことができました。その後、もみ殻くん炭焼き器を使って焼き上げる農園特製の焼き芋を試食してもらいました。
最後は農園のあちこちを回って作物を収穫してもらう農園ツアー、ハロウイーンカボチャのくりぬきワークショップ、たき火と3コースに分かれて農園の秋を最後まで楽しんでもらいました。10月31日がちょうどハロウイーンに重なったこともあり参加者数が多くなりすぎないかと心配でしたがちょうどカボチャの数だけ参加者が集まってくれて、みんなで自作のハロウイーンカボチャをお持ち帰りいただくことができました。農園ツアーでは広~い農園全体を案内し、ピーマン、コマツナなど農園の畑に植わっている野菜を収穫してもらいました。
今回、参加者数がとてつもなく多くなったのは、やはりコロナによる感染者の広がり、人が集まる場所への集中が規制されるなどの中で、残された数少ない開放空間ということで農園に人気が集まったのだと思います。
投稿日:2020年9月24日 10:56 pm
秋の畑の楽しみはイモ掘りです。今年のサツマイモは試し掘りしてみたところサイズが少し小さめです。理由はよく分りませんが、長梅雨で日照時間を確保することができなかったことが芋の生育に影響したと思われます。
今年は広い畑を目いっぱい使ってサツマイモの苗を植付けました。といっても植付けた苗の本数は前年と同じか少し増えた程度で、ただ芋の畝と畝の間を5mと広~く取ってみました。畝間5mというとスイカ並みの広さです。少し広すぎる気もしますがのびのびとつるを伸ばしてもらえば良い芋が採れるのではないかと勝手に考えてのことです。
実際の芋の成長ぶりは天気にも左右されるのでなかなか当初の計画どおりには行かないものです。特に今年は6月下旬にイモ苗を植付けた後、7月の1ヶ月間まるまる雨模様の曇天続きでした。初期成長がうまく行くはずがありません。ところが月が変わると同時に梅雨が明けました。それでも8月の高温と晴天続きで遅れを取り戻せるかどうか、まったく見当つきませんでした。結果的には芋のつるは急速に伸びて広い畝間を覆い尽くすほどになりました。ただ、7月の1ヶ月間、日照が極端に少なく8月、9月を合わせてのトータルの日照時間は平年をかなり下回りました。このため芋を太らせるのに必要な日照時間は十分確保できたとは言えません。
芋の種類は安納イモとベニハルカの2種類。安納イモは焼き芋にするととろ~りととろけるような甘さになるのが特徴です。ただ、もともと南国育ちの品種で寒さに弱く冬に保存しづらいのが難点です。これに対してベニハルカは安納イモに比べると寒さに強く冬まで持たせることも可能です。
焼き芋はやはり寒い季節ほど暖かさが身にしみ美味しさがいっそう増すのでこれまでは安納イモを多めに植えていたのですが、今年は寒さ対策のことも考えほぼ同数の苗を植付けてみました。
結果は、ベニハルカは植えた苗がほとんどそのまま育ってくれましたが安納イモは途中で枯れてしまうものが続出、全体の3分の2くらいに減ってしまいました。つるの伸び方もベニハルカの方が広がりが大きく、スイカ並みの畝幅5mの広~い畝間を覆いきってしまうほどです。これに対して安納イモは畝間を覆い尽くすまでにはならず、ところどころ地面が露出しているところが見えます。
今年のサツマイモ栽培はトータルとしてお天気に恵まれたとは言えません。では天候不順への対策はどうあるべきだったのだろうかと改めて考えてしまいます。振り返ってみて、7月の曇天続きの時に何らかの対策があったのでしょうか? 遅い梅雨明けの後に打つべきカンフル剤のようなものは思いつきませんでした。当農園でやれたことといえば草取りくらいです。そもそも7月の長梅雨がいつまで続くかわからず、8月に入れば夏らしい天気が戻ってくるという保証はどこにもなかった訳で、気象の変動を予想して対策を立てるなどできなかったでしょう。
来年以後に備えて原因と対策を考えておかなければならないはずですが、正直言ってよく分りません。気温はこのところ下降線をたどっています。ホカホカの焼き芋が恋しくなってきました。